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2009,01,01, Thursday
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2008,11,14, Friday
さて、いよいよ最終章。南米世界遺産旅行”その伍”はマチュピチュまでの旅程である。
前日ホテルに到着した時には日が暮れて、周りの景色はもうわからなかったのだが、朝ホテルのまわりをよく見るとそれはそれはきれいな景色にかこまれていた。写真はホテルの中庭である。ここユカイはクスコから約80km程離れていてウルバンバ渓谷の中にある。6000m級の山が連なるこの谷間の町は「インカの聖なる谷」よばれ、ユカイにはインカ帝国歴代の皇帝の別荘があったという。年間を通して暖かく、果物、野菜が豊富な土地だとか。いかにもゆったりとした時間が流れていて、土でかためたアドベというれんがを積み重ねて出来た家は素朴で、アンデスらしいの農村の雰囲気を醸し出している。 さて、今日の目的地マチュピチュまではバスでオリャンタイタンボという村まで行き、そこから高原列車でマチュピチュへ向かう。オリャンタイタンボまではおよそ30分で到着した。 ここオリャンタイタンボはマチュピチュ行きの列車の駅のあるところだが、ここにも大きな遺跡がある。タンボはケチュア語で旅籠という意味。この遺跡はインカ時代の宿とも要塞後とも言われている。インカ帝国滅亡後、1536年、皇帝の末裔マンコ・インカ・ユパンキはスペインの征服者に反旗をひるがえし、率いるインカ軍とともに一時ここオリャンタイタンボに砦をかまえ、追ってくるスペイン軍を撃退したのである。そして彼らはさらに奥地ビルカバンバへ潜んだという。 この遺跡は斜度45度くらいありそうな斜面に段々畑が作られ、これを登り詰めると広場に出る。なるほど、眼下には遠く谷が見渡せ、追手の動向を掌握しやすいのと、山肌に張り付く様に出来上がった砦を攻め込むのはとても困難そうに見える。 頂上の広場の近くには美しいインカの石組みが施され、広場の真ん中には不思議な巨石が建っている。この石高さ4m、幅全部で10m、奥行1m。数枚に分かれた巨石の間には細い石が使われ、クスコの石組みと違う手法が興味深い。その中の一枚に書かれている模様はチチカカ湖畔のティワナク遺跡に見られるものと同じだという。またこの石は対岸の石切り場から運ばれたそうだが、いったいどうやってこの高さまで持ち上げたのだろうか。石の前に立つと、独特のエネルギーを感じたのだが、ここに太陽の神殿を作ろうとした説もある。きっと祭儀の時などに意味を持つものではないだろうか。 さて、オリャンタイタンボ駅からビスタドームという高原列車に乗る。列車はウルバンバ川を川沿いにゆったり登っていく。周りの山々の頂きには雪がかぶり、その高さがうかがえる。列車では飲み物、軽食が出て乗務員によるファッションショー(アルパカのセーター等の車内販売のため)まである。マチュピチュ駅までは1時間20分ほど。このウルバンバ川に沿ってインカ時代に作られたインカ道がマチュピチュまで続いている。ここをトレッキングするツアー(3泊4日)も人気が高く、この列車からバックパックを背負ってマチュピチュへ向かう人達が見える。4000mの山越えもあるタフなコースらしい。 マチュピチュの駅に着くとその周りはアンデスの民芸品のマーケットが広がり賑やかである。ホテルに荷物を預けてここから遺跡入り口までは標高差400m、シャトルバスでガードレールも無いつづれおりの坂を30分程かけて登る。このシャトルバス、満員にならないと出発しない。無駄なガソリンを使わないということだろうか。 遺跡入り口に到着したのがちょうどお昼。入り口のすぐ脇のレストランで昼食。バイキング形式だがレストラン内はもの凄い人の数で、200人以上居るだろうか。まだまだ入店しようとしている人も多い。それでも全ての手際が良くスムースにお客さんが回転する。席に着いたら落ち着いて、とても料理はおいしかった。 続き▽ |
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2008,11,12, Wednesday
当初、この旅行記、4回に分けてお送りすると述べたが、どうも収まりそうにないので全5回に分け「その伍」を最終章とすることにした。
さて南米世界遺産旅行、その四はこの旅行のメインとなるインカ帝国、インカ文明の歴史を辿る内容である。ここからはインカの歴史にまつわる旅となるので、一つ前のコラムに記した「インカ文明のお勉強」の項を一読されると、より臨場感を感じられるのではないだろうか? 「ナスカの地上絵」を見た翌早朝、インカの首都であったクスコへ向かってリマ空港を出発。午前10時前にはクスコに到着。リマは海抜50m、そこから一気に海抜3400mの街、クスコに高度を上げる。高山病の注意はされているものの、さすがに身体がきつい。飛行機に同乗していた日本人のオジサン一人が飛行機を降りると同時に呼吸困難に陥り倒れてしまった。さすがに慣れているのか空港のレスキュー隊がすぐに駆けつけ、この方はすぐに病院へ運ばれた。 空港からバスに乗ってまず聖なる泉と言われる「タンボ・マチャイ」という遺跡へ向かう。なんと空港のあった標高3400mからさらに400m登った3800m地点にこの遺跡はある。すでに富士山より高い。(写真はタンボ・マチャイに向かう高台からクスコ市街を見下ろす。)バスを降りてさらに15分ほど坂道を登るのだが、とにかくゆっくり登るしかない。バスの同乗者もすでに数名ギブアップしている。安静にしていても呼吸はいささか苦しい。僕は富士登山を何度か経験しているで、3500mあたりの空気の感じがわかるため、なんとか自分のペーズをつかんで歩く。 この「タンボ・マチャイ」、プレ・インカ時代に既にあったとされ、のちインカ帝国時代に完成されたという。この水の沸き出し口は、インカ時代の沐浴場とか祭礼場と言われている。不思議な事にこの水の水源は未だわかっておらず、インカはすでにサイフォンの原理を知り、水を遠くからひく事も可能だったので、サイフォン説が有力とか。丸っこい石組みがプレ・インカのもので、四角いガッチリした部分がインカ時代に作られたという。標高が高いので空や雲が美しい。 さて、次に向かったのは「サクサイワマン」という遺跡。クスコ北西の丘にある要塞跡。元々高さ20mあった城壁もスペイン軍に破壊され今の形になっている。幅はジグザクに360mも続き、中には高さ5m、約360トンもある巨石が使われている部分もある。 この遺跡は第9代皇帝”パチャクティ”の時代に建設が始まり、使用された石は郊外のみならず遠くオリャンタイタンボからも運ばれ、完成までに一日3万人が動員され80年かかったという説もある。その目的は宗教的なものか、軍事的なものかはわかっていない。この広い広場を歩いている間ににわか雨が降って来て、急いでバスに戻りたいものの息が苦しいためゆっくりしか歩けず、ずぶ濡れになってしまった。おかげで全景の写真は撮れていない。 続き▽ |


















